私の死生観(3)いつ死んでも後悔しないように

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もうダメかもしれない

もうダメかもしれないから、帰ってきて

兄からそう連絡が来たのは、家に帰ってから3日後でした。

翌日実家に戻り、母のいる緩和病棟に行くと、母は寝ていました。

「来たよ」

と言おうとすると涙が止まらなくて、しばらく無言で母の顔をみていました。

気持ちが落ち着いてきたので、改めて

「来たよ」

と言って母の肩に触ると、

母は目を見開いて、両手を上に挙げて苦しそうに言葉にならない声を出そうとしていました。

驚いて私がナースコールを押すと、看護師さんがやってきて薬の量を増やしてくれ、母は再び眠りにつきました。

前回来たときは普通に会話ができていたのに、もう、会話もできなくなっていました。

ただ苦しいだけ

薬が切れると苦しむので、薬が切れるたびに看護師さんに来てもらって薬を増やしてもらう。

その繰り返しでした。

母は肺に水がかなり溜まっていたので、目が覚めるたびに、溺れているように苦しかったのだと思います。

会話ができていた時に「痛みはないの?」と聞いたことがあったのですが、「痛くはない。ただ苦しい」と言っていました。

でも、肺の水を抜いてもすぐに溜まってしまうので、どうしようもないとのことでした。

もう

歩くことも

食べることも

話すこともできないのに

まだ苦しみ続けなければならないのか?

せめて、亡くなる瞬間まで眠り続けることができるなら、どんなにいいだろう。

麻酔の量の調節はお医者さんによって違うらしく、母は運が悪かったのかもしれません。

母の最期

数日後の朝から、母の呼吸が変わりました。

「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」

と全身を使って呼吸をしています。

もうずっと何も食べていないのに、

こんなに激しい呼吸をしていたら持たないんじゃあ・・・

手や足に触れてみると、末端が冷たくなってきています。

血流が良くなるように、手や足をマッサージするものの、温かくはなりません。

夕方になり

「ハッハッハッハッ」

と呼吸音が小さくなり

「ハッ・・・ハッ・・・・・・ハッ・・・・・・・・」

と呼吸が少なくなり

「・・・」

母は亡くなりました。

お医者さんが母の死を確認している間

「良かったね、もう苦しまなくていいんだよ」

と、心の中で母に話しかけていました。

そして私は

人間はいつか死ぬ。

私もいつか死ぬ。

それまでそう思っていたのですが、母が亡くなって、変わりました。

次は私の番。

いつ死ぬか分からない。

ただ、良い意味で変わった気がします。

いつ死ぬか分からないから、やりたい事はやれるうちにやっておこう。

いつ死んでも後悔しないように、人生を楽しもう。


今日も後悔をしないように、生きています。

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